責任論の談

個人の責任と法的責任

■責任に向き合うこと usauraraさんのブログへの応答を部分的に再録しながら、4/19の責任問題の続き。 倫理の問題が「個人の倫理」としてのみ問われているから、つまり「審問の言葉」として問うているからを息苦しく感じられて反発を呼び込んでいるようにも思…

不作為による責任問題

この間、「G★RDIAS」というブログで問題になっている責任について、下記に引用しながら若干のコメントをしてみたいと思う。 「できる」はずなのに「できない」という抗弁は、「したくない」ことの言い訳になっていると批判することは正当だ。だがその…

他者の歓待〜銭湯民主主義

正月の6日と7日の朝日新聞夕刊(にっぽんの知恵/新春スペシャル)で、鶴見俊輔・高田公理・熊谷真菜の三氏による座談会が掲載されている。 そこでは「銭湯」の効用について三者が歓談しているのだが、銭湯と民主主義の相関に関しては、鶴見の持論である「…

竹内好の戦争責任論

そして竹内好じしんは、 思想のエネルギイ源として戦争責任に固執するものは鶴見俊輔だけでない。しかし、割合いからいえばそれは少数である。戦争責任を論ずるにしても、歴史の断罪として、あるいは告発として、あるいはせいぜいザンゲとしてあつかうものの…

丸山真男の戦争責任論

また竹内好の「戦争責任について」から丸山真男の戦争責任論を孫引きすると、 ……丸山真男が、戦争責任論の方法論について感想を述べ、その中にヤスパースの罪の分類を、全部に賛成ではないと断って引用した。(……)丸山の問題整理の方法についての提案も、今…

鶴見俊輔の戦争責任論

仲正昌樹は、『日本とドイツ 二つの戦後思想』(光文社新書)の第一章で日本とドイツの「戦争責任」を比較しながら、日本の戦後の戦争責任論が混乱しているのは、ヤスパースが分析した四分類(刑法上の罪、政治上の罪、道徳上の罪、形而上の罪)のような筋道…

「普遍的責任論」の強度

う〜む。なんとか「哲学的腹ぺこ塾」の報告を終えた。 僕のレジュメ以外に参考資料として配布した、鶴見俊輔「戦争責任の問題」(『鶴見俊輔集9 方法としてのアナキズム』 p168〜p172、筑摩書房)、竹内好「戦争責任について」(『日本とアジア』p230〜237…

第58回『哲学的腹ぺこ塾』

■日 時:05年10月16日(日)午後2時より5時まで。 ■テキスト 斎藤純一「政治的責任の二つの位相」、青山治城「戦争と責任」(共に『「戦争責任と「われわれ』所収、ナカニシヤ出版)、ヤスパース『戦争の罪を問う』(平凡社ライブラリー) ■参考文献 丸山…

国際シンポジウム

明日(10/10)に下記の国際シンポジウムがあります。申し込みましたので、また簡単な報告ができればと思います。 ●2005年保団連医療研究集会 国際シンポジウム 「医師・医学者の戦争責任を考える――関東軍731部隊をめぐって」 (主催:全国保険医団体連合会)…

<特別連載「戦争責任/戦後責任を考える」(1):いざとなったらこれで死になさい>へのコメント

先ほど、野原燐さんの上記の論考へ黒猫房主がコメントしましたので、再録します。 野原燐さんの論考はこちら。→http://kujronekob.exblog.jp/1898823/曾野綾子の狙い(A氏の遺族も?)は、「皇軍」が「天皇ための軍隊」であって、臣民(国民)を守る使命が…