Web評論誌『コーラ』39号のご案内

◆Web評論誌『コーラ』39号のご案内(転載歓迎)

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html
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 ●連載〈心霊現象の解釈学〉第17回●
  ドゥルーズは幽霊を見たか
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-17.html

  広坂朋信
  前々回(第15回)の終わりに、ベルクソンによる幽霊の理論、死者の幻の意
 義と発生についての説明を検討し、それは「幽霊は想像力の産物と言っている
 のに等しい」と書いてしまったが、これについては撤回する。
  G・バシュラールも「イメージの概念が大きな外延をえているベルクソン
 著作『物質と記憶』のなかでは、生産的想像力にわずか一度言及されているに
 すぎない」(『空間の詩学ちくま学芸文庫、p34)と言うように、ベルクソ
 ン哲学は想像力に大きな役割を与えてはいない。ちなみに、引用した文で「イ
 メージ」と訳されているのは、原書ではimageだが、ベルクソンが『物質と記
 憶』でこの語に与えた意味は独特で、現代の日本語には適当な訳語が見あたら
 ず「イマージュ」とカタカナ書きされるのが通例である。
  もっとも、バシュラールだけでなく、サルトルもこのイマージュを想像力論
 の文脈で受けとめて批判しているくらいだから、フランス人にもわかりづらい
 ものらしい。ベルクソンは、人間の感覚がとらえる物質の諸性質が物質そのも
 のと本質的に異なるものではない、つまり、カント流の現象と物自体の関係で
 はなく、部分と全体の関係にあるということを言おうとしてimageという語を
 用いている。
  もう一つ、言い訳を付け加えると、私がこんな誤読をしたのは、私の心霊学
 の関心のあり方に原因がある。
 (Webに続く)
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-17.html

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
  第54章 夢/パースペクティヴ/時間(その5)
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-54.html 
 
  中原紀生
  夢のパースペクティヴの四次元をめぐる動態論の要点はふたつ、その一は
 「P4⇒P3」のヴァーティカルで力動的な関係性であり、その二は
 「P1⇔P2」のホリゾンタルで相互反転的な関係性にあります。
  このうち、「P4⇒P3」の垂直運動については、前章で参照した文献類の
 なかで、デュナミスからエネルゲイアへ、バーチュアルな潜勢態からアクチュ
 アルな現勢態へ、作るものから作られたものへ、ゾーエー(生死未分の根源的
 生)からビオス(個体的生)へ、見えない型(不可能な統合・無)から見えな
 い形(潜在的統合)もしくは見える型(可能的統合)へ、等々、様々な言い方
 で、(微妙な概念的ニュアンスの差異をはらみながら)、論じられていました。
 (私はここで「P4⇒P3」があらわすヴァーティカルで力動的な関係性と
 「デュナミスからエネルゲイアへ、ゾーエーからビオスへ、…」の関係性とが
 同型だと主張しているのであって、「P4=デュナミス、ゾーエー、…」
 「P3=エネルゲイア、ビオス、…」と主張しているのではない。)
  また、「P1⇔P2」の水平運動については、(「P4⇒P3」ほど多彩で
 ないにしても)、自己と他者との水平的で間主体的なあいだをめぐる議論のな
 かで言及されていたし、それに、第52章で取りあげた木岡伸夫氏の風景論にお
 いて、可視的次元の「原風景=型」と「表現的風景=形」との間に成り立つ関
 係性──第49章で引用した文章で、「種々の差異としての〈形〉から統一的な
〈型〉が誕生し、またその逆に〈型〉から無数の〈形〉が導出される、という相
 互反転の過程」(『風景の論理──沈黙から語りへ』)と規定されていたもの
 ──は、水平的と形容していいと思います。
 (Webに続く)http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-54.html

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 ●連載「新・玩物草紙」●
  言語島/絵 金  
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-43.html

  寺田 操
  言語の島(言語島)とは「ごく狭い範囲に限って他の言語を用いる地域が、
 海中の島のような状態で存在するもの」『大辞林』(三省堂)。山岳地方や隠
 里、無人島に近い群島、地域ごとの移住でそこだけでしか通用しない言語のこ
 となど。人が住まなくなれば消滅してしまう。言語島をゆっくりと反転させて
 みる。どこにも存在しない、存在しているが見えない「言語島」が立ち上がっ
 てくる。
  森見登美彦の長篇小説『熱帯』(文藝春秋/2018・11・15)は、最
 後まで読むことができない幻の本を追って本の内側に滑りこんだ男の不思議な
 冒険譚だ。孤島の浜辺に流れついた記憶喪失の男は、島々は魔王の「創造の魔
 術」の裡にあり、消えたり現われたりするのだと聞かされた。密林のなかの観
 測所、砲台のある島、地下牢の囚人、謎の組織学団、不可視の群島」の海図。
 世界と一体化したような海域で起こる謎めいた現象……。
 (Webに続く)
 http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-43.html

 

第3回:哲学系読書会(仮)の誘い

◆哲学系読書会(仮)の誘い

第3回:2019年11月19日(火)18時~21時半

第3回は前回の続きで、加藤さんの報告で「第2部第4章」からです。その後、第3部の「通時言語学」を、山本が報告します。 
★途中参加の方も歓迎ですが、事前にご連絡をお願いします。

■連絡先:山本繁樹(窓月書房) e-mail:sougetssyobou@mx5.canvas.ne.jp
■会 場:大阪市/北区民ホール・第3会議室(TEL.06-6315-1500) 
  地図:https://www.osakacommunity.jp/kita/access.html


同新訳を批評したサイトを2つ発見。
1)http://www.horagai.com/www/semiotic/smtc002.htm

2)https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=49005&item_no=1&page_id=28&block_id=31
(★PDFファイルをクリックしてください)

2)は東大名誉教授による、翻訳の詳細かつ辛辣な添削になっていますよ。(「東 大言語学論集」掲載)
また、明かな誤訳が一箇所指摘されています(付録「音韻論の原理」の72頁の8行目、(「声帯が収縮すれば声帯は開く」は「閉じる」が正解。
これは翻訳者の誤変換かも知れないが、その直前の文を読めば誤訳は分かるはず。 校閲者の怠慢ですなあ。

★原文:https://fr.wikisource.org/wiki/Cours_de_linguistique_g%C3%A9n%C3%A9rale/Texte_entier

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◆哲学系読書会(仮)の誘い

 新しく哲学系の読書会を始めます。下記の方針に合意した数人で起こした読書
 会です。
 市井の人が日々の佇まいにあって、哲学書を徹底的に読み込むこと、さらには
 それを読み換え我が物にすることは困難なことですが、それが少しでもできた
 ならば素直に喜びとしたい。
 たいそうなことを企てているわけでもなく、大仰に呼びかけることもしない。
 まずはご一緒に、キッチリと課題書を読み込んでいければと思っています。
 興味のある方は奮ってご参加ください(途中参加も可)。

 ■会の方針
 2か月に1回のペースで、ある程度のテーマに基づいて関連する哲学書をキッ
 チリ読むことを第一義的な課題にします。
 1回あたり3時間を目安に、最初の2時間はテクストの読解、その後の1時間
 はテクスト・クリティックを踏まえた意見交換に配分します。
 課題図書やテーマ性ですが、兎に角系統的に読んでいくことで、各自に蓄積が
 できるように努めます。
 テーマに関して、例えば「認識論」「存在論」「時間論」「身体論」「言語/
 記号論」「構造主義ポスト構造主義」「現象学実存主義」などの括りで、
 そのジャンルのテクストを読む方向で考えています。

 ■日時:第1回=2019年7月9日(火)18時より(済)
     第2回=2019年9月12日(木)18時より(済)
     第3回=2019年11月19日(火)18時より

        第4回=2020年01月01月28日(火)18時より
 ■会場:大阪市/北区民ホール・第3会議室(TEL.06-6315-1500) 
   地図:https://www.osakacommunity.jp/kita/access.html

 ■課題書:『新訳 一般言語学講義』(町田健訳・研究社)をを3回~4回に分けて読解します。
 ■参考文献:町田健ソシュール言語学』 (講談社現代新書)
       ジョナサン カラー『ソシュール』 (岩波現代文庫)
       丸山圭三郎ソシュールを読む』 (講談社学術文庫)
       丸山圭三郎『言葉と無意識』 (講談社現代新書)
       加賀野井秀一『20世紀言語学入門』 (講談社現代新書)

 ■チューター:ハマ(1回目)、加藤(2回目)、山本(3回目)
 
 ■世話人:山本繁樹(TEL:080-3820-1314)
  会議室の定員の上限がありますので、参加の意思のある方はなるべく早くご連絡ください。
 ■連絡先:山本繁樹(窓月書房) e-mail:sougetssyobou@mx5.canvas.ne.jp

Web評論「コーラ」38号のご案内

久方ぶりに更新します。やっと、失念していたPWが判明したので。

 

◆Web評論誌『コーラ』38号のご案内(転載歓迎)

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
  第52章 夢/パースペクティヴ/時間(その3)
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-52.html 
  第53章 夢/パースペクティヴ/時間(その4)
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-53.html

  中原紀生
  小西甚一氏が論じた「反射視点」は、次の三つの次元において、これをとら
 えることができます。
  第一、『安宅』の「勧進帳の有無なんか、とても意識している余裕が無い」
 弁慶や、『隅田川』の「悲痛さが全心身に充ち満ちている」母のような「作中
 人物の現実」、すなわち身心の状況にかかわる次元。
  第二、シテが「当人の動作や状態をいちおう地謡の視点に移し、地謡という
 鏡に映った自分を謡う」と規定される、歌ないし語りの次元。
  第三、「自分自身から脱け出して、三人称の世界に位置をしめ」るシテの意
 識、あるいは「自分の心を観客の立場へ移し、その立場からさらに自分の演技
 をながめる」演者の心といった、語り手=見られる者と聞き手=見る者との主
 体間の関係性の次元、より一般的には、私のパースペクティヴと他者のパース
 ペクティヴが交換される次元。
  演劇としての能に着目すれば、次のように表現することができるでしょう。
 (Webに続く)http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-52.html

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 ●連載〈心霊現象の解釈学〉第16回●
  幽霊の理論──江戸編
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-16.html

  広坂朋信
  (7月某日)なかなか寝付けず、やっと眠りについてうとうとしていたら、
 深夜、老母からの電話にたたき起こされる。玄関のドアをドンドンとたたく音
 がしたので起きて行ってみたが誰もいないのだという。お父さんが帰ってきた
 と言うのを、団地なので誰かが部屋を間違えたのでしょとなだめて電話を切
 り、時計を見ると午前2時半、既に日付はかわって亡き父の命日であった。あ
 の日、病院から知らせが来たのは午前4時前だったが、おそらくこの時間には
 すでに息をひきとっていたのだろう。
  ところで、こんな話がある。
 (Webに続く)
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/sinrei-16.html

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 ●連載「新・玩物草紙」●
  競馬妄想辞典/世界の陰画  
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-42.html

  寺田 操
 「自分の書くものについては競馬の話からはじめないと決めていた」と、乗峯
 栄一『競馬妄想事典』あおぞら書房/2018・6・26)──には、やはり
 ね、と納得させられた。「競馬以外から話をはじめる」を「あなたのコラムは
 これでいいんです」と懐の広いところをみせてくれた編集長との出会いは、
 「乗峯栄一スタイル」を実行・貫徹できるチャンスとなったことを考えれば、
 書き手としてのポリシーは大切にしないといけないことの教訓だ。
 (Webに続く)
 http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-42.html

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◆哲学系読書会(仮)の誘い

 新しく哲学系の読書会を始めます。下記の方針に合意した数人で起こした読書
 会です。
 市井の人が日々の佇まいにあって、哲学書を徹底的に読み込むこと、さらには
 それを読み換え我が物にすることは困難なことですが、それが少しでもできた
 ならば素直に喜びとしたい。
 たいそうなことを企てているわけでもなく、大仰に呼びかけることもしない。
 まずはご一緒に、キッチリと課題書を読み込んでいければと思っています。
 興味のある方は奮ってご参加ください(途中参加も可)。

 ■会の方針
 2か月に1回のペースで、ある程度のテーマに基づいて関連する哲学書をキッ
 チリ読むことを第一義的な課題にします。
 1回あたり3時間を目安に、最初の2時間はテクストの読解、その後の1時間
 はテクスト・クリティックを踏まえた意見交換に配分します。
 課題図書やテーマ性ですが、兎に角系統的に読んでいくことで、各自に蓄積が
 できるように努めます。
 テーマに関して、例えば「認識論」「存在論」「時間論」「身体論」「言語/
 記号論」「構造主義ポスト構造主義」「現象学実存主義」などの括りで、
 そのジャンルのテクストを読む方向で考えています。

 ■日時:第1回=2019年7月9日(火)18時より(済)
     第2回=2019年9月12日(木)18時より
     第3回=2019年11月19日(火)18時より
 ■会場所:大阪市/北区民ホール・第3会議室(TEL.06-6315-1500) 
  地図:https://www.osakacommunity.jp/kita/access.html

 ■課題書:『新訳 一般言語学講義』(町田健訳・研究社)をを3回に分けて
  読解します。
 ■参考文献:町田健ソシュール言語学』 (講談社現代新書)
       ジョナサン カラー『ソシュール』 (岩波現代文庫)
       丸山圭三郎ソシュールを読む』 (講談社学術文庫)
       丸山圭三郎『言葉と無意識』 (講談社現代新書)
       加賀野井秀一『20世紀言語学入門』 (講談社現代新書)

 ■チューター:ハマ(1回目)、加藤(2回目)、山本(3回目)
 
 ■世話人:山本繁樹(TEL:080-3820-1314)
  会議室の定員の上限がありますので、参加の意思のある方はなるべく早くご
  連絡ください。
 ■連絡先:山本繁樹(窓月書房) e-mail:sougetssyobou@mx5.canvas.ne.jp

Web評論誌『コーラ』29号

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 ●新連載<前近代を再発掘する>第4回●
  浪人的なものをめぐって
  岡田有生・広坂朋信
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-5.html

  ■高時天狗舞
 『太平記』の「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)は、田楽に耽溺する得宗
 北条高時を印象的に描いている。
  当時、京都で田楽が大流行だと聞いた高時は、田楽の一座を鎌倉に呼んで、
 これに夢中になった。ある晩、酔った高時が自ら田楽舞を踊っていると、どこ
 からか十数名の田楽一座の者があらわれて、高時とともに舞い歌った。これが
 実に面白かった。しばらくしてから歌の調子が変わって「天王寺の妖霊星を見
 ばや」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいて
 みると……。(以下、Webに続く)
 
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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
  第39章 和歌三態の説、貫之・俊成編
  中原紀生
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-39.html

 ■定家と虚なるもの、あるいは「かげもなし」の余韻
  俊成自讃の「おもて歌」が、歌の本質を「広がり」にではなく「深み」にお
 いて見る中世詩歌の特徴を自覚的・予感的にあらわしていた、と大岡信氏が指
 摘する「夕されば野べの秋風身にしみて鶉なくなりふかくさの里」であったと
 して、それでは、定家の代表歌はなんだろうか、それは、武野紹鴎が佗び茶の
 湯の心をこの歌に見出した、と「南方録・覚書」が伝える「見わたせば花も紅
 葉もなかりけりうらのとまやの秋のゆふくれ」なのか、いや、百人一首に撰入
 された「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」こそ文
 字通りの自撰歌ではないか、いやいや、それは「歌織物」(林直道)もしくは
 「グラフィック・アナグラム」(丸山圭三郎)を編集する企みゆえの撰歌だっ
 たかもしれない、などと自問自答しているうち、成立年及び作者はともに未詳
 ながら、後鳥羽院から西行法師まで十七人の新古今歌人が各々十首ずつ秀歌を
 自撰したとされる「自讃歌」なる文献があることを知り、さっそく検索し定家
 の部を拾い読みしたところ、掲載順が価値の序列をあらわしているわけではな
 いにせよ、第一の「春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲のそら」と
 第三の「年もへぬいのるちきりはゝつせ山おのへのかねのよそのゆふくれ」の
 間に掲げられていたのが、(以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●
  太陽帆走/坂道 
  寺田 操

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-33.html
  鳥のように自由に大空を飛びたいという夢は、大量輸送の飛行機から小さな
 プロベラ機、気球、スカイダイビングと実現されてきた。それだけでは物足り
 ない。空飛ぶ絨毯やスーパーマンのように人の身体が赤いマントをひるがえし
 て空を泳ぐように、飛びたいと夢を追っているうちに空飛ぶ「ウイングスー 
 ツ」の登場だ。2016年1月4日の某新聞記事には富士山近くを飛行する 
 ウィングスーツが映っていた。両手両足を広げて飛ぶ姿は気持ちよさそうだ。
 垂直に落花するスカイダイビングと違って水平飛行。この空飛ぶスーツは  
 1990年、フィンランドの企業が開発し、一着約20万円。小型飛行機に乗
 りこみ、タイミングを計り空へと飛びだす。鳥たちはお仲間が増えたと歓迎す
 るだろうか、それとも奇怪な新種だと目をそらすだろうか。
 (以下、Webに続く)

Web評論誌『コーラ』30号

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  ●寄稿●
  マイノリティについて語る倫理
  ――「子どもの貧困」を一例として

  田中佑弥
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/kikou-30.html

  本稿を書こうと思った契機は、「新貧乏物語」の捏造である。「子どもの貧
 困」をめぐる昨今の事象を振り返りながら、まとまりのない文章で恐縮ではあ
 るが、考えたことを書き記したい。
  捏造があった「新貧乏物語」は『中日新聞』による2016年の連載記事であ 
 る。『中日新聞』の検証記事(1)によれば、以下のような捏造があった。

   五月十七日付の名古屋本社版朝刊の連載一回目「10歳 パンを売り歩く」
  は、母親がパンの移動販売で生計を立てる家庭の話。写真は、仕事を手伝う
  少年の後ろ姿だったが、実際の販売現場ではない場所での撮影を、取材班の
  男性記者(29)がカメラマンに指示していた。少年が「『パンを買ってくだ
  さい』とお願いしながら、知らない人が住むマンションを訪ね歩く」のキャ
  プション(説明)付きで掲載された。
   撮影当日、少年がパンを訪問販売する場面の撮影は無理だと判明。少年に
  関係者宅の前に立ってもらい、記者自らが中から玄関ドアを開けたシーンを
  カメラマンに撮らせた。

  また、五月十九日付朝刊の連載三回目「病父 絵の具800円重く」でも記者
 は、「貧しくて大変な状態だというエピソードが足りないと思い、想像して話
 をつくった」。
  報道は正確でなければならないが、本稿で考察したいことはそういうことで
 はない。(以下、Webに続く)
 
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 ●連載<前近代を再発掘する>第6回●
  地獄は一定すみかぞかし

  岡田有生・広坂朋信
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-6.html

  前置き
  黒猫編集長にさんざんご迷惑をかけ、岡田さんに無理やりつきあってもらっ
 て、脱線を繰り返しながら続けてきたこの企画だが、『太平記』を一通り読み
 終わったので、今回で一区切りとしたい。(広坂)

  天狗太平記(広坂朋信)
  ■鎌倉幕府滅亡の予兆
 『太平記』にはしばしば天狗が登場する。天狗は、歴史物語としての『太平 
 記』の前近代性を際立たせている特徴の一つだろう。
  まず前回取り上げた「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)から見ていこ 
 う。
  田楽に夢中になった北条高時が、ある晩、酔って自ら田楽舞を踊っている 
 と、どこからか十数名の田楽一座の者があらわれて、「天王寺の妖霊星を見ば
 や」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいてみ
 ると、踊り手たちは、あるものは口ばしが曲がり、あるものは背に翼をはやし
 た山伏姿、つまり天狗の姿であった。
  この場面をどう受けとめるか。高時の舅が駆けつけたときには、怪しいもの
 どもは姿を消していた。畳の上に鳥獣の足跡が残っていたことから、天狗でも
 集まっていたのだろうということになったが、当事者である高時は酔いつぶれ
 ていたので、目撃者は、家政婦は見たよろしく障子の穴からのぞいた女中一人
 だけである。(以下、Webに続く)
 
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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
  第40章 和歌三態の説、定家編─イマジナル・象・フィールド

  中原紀生
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-40.html

  ■音象、ネイロ、世界の影
  前章の最後の節で、パンタスマ(虚象)の音楽的効果について簡単にふれま
 した。今回はその補足、というかやや蛇足めいた話題から始めたいと思いま 
 す。
  大森荘蔵著『物と心』に収められた「無心の言葉」の冒頭に、時枝誠記の著
 書(『言語本質論』(『時枝誠記博士論文集』1))からの孫引きで、平田篤
 胤の次の言葉が紹介されています。「物あれば必ず象あり。象あれば必ず目に
 映る。目に映れば必ず情に思う。情に思えば必ず声に出す。其声や必ず其の見
 るものの形象[アリカタ]に因りて其の形象なる声あり。此を音象[ネイロ]
 と云う」(「古史本辞経」、ちくま学芸文庫『物と心』98頁)。
  いま手元にある『国語学原論』総論第七節「言語構成観より言語過程観へ」
 の関連する箇所を拾い読みしてみると、時枝はそこで、「特定の象徴音を除い
 ては、音声は何等思想内容と本質的合同を示さない。これを合同と考えるの 
 は、音義的考[かんがえ]である。」と書き、先の一文を例示したうえ、「音
 声は聴者に於いて習慣的に意味に聯合するだけであって、それ自身何等意味内
 容を持たぬ生理的物理的継起過程である。音が意味を喚起するという事実か 
 ら、音が意味内容を持っていると解するのは、常識的にのみ許せることであ 
 る。」と書いています(岩波文庫国語学原論(上)』108頁)。
 (以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●
  黒岩涙香/地 図

  寺田 操
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-34.html

  黒岩涙香
  5月の大型連休のさなか、「黒岩涙香」の文字をみつけて胸がざわついた。
 竹本健治『涙香迷宮』講談社2016・3・9)の新刊。探偵小説家・涙香 
 (1862〜1920)が主人公では?それとも評伝的な小説なのか?
  1980年代、黒岩涙香の翻案探偵小説『幽霊塔』『鉄仮面』『死美人』 
 (旺文社文庫)などを読んだ覚えがある。《雪は粉々と降りしきりて巴里の 
 町々は銀を敷きしに異ならず、ただ一面の白皚々を踏み破りたる靴の痕だも見
 えず、夜はすでに草木も眠るちょう丑満を過ぎ午前三時にも間近ければ》…書
 き出しから怪異の時間に引き込まれた。警官2人の警邏中、黒帽子に長外套の
 襟をあげて顔をかくす紳士が下僕を従えて歩いてきた。下僕の背には重たげな
 籠。なかには絶世の美女の死体。肋骨のあいだにスペードのクイーンの骨牌
 (カルタ)の札が突き刺さり…。フランスの作家ボアゴベイ原作『死美人』
 だ。(以下、Webに続く)

              • <転載歓迎>は、ここまで。------------------------------------

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 ●新連載<前近代を再発掘する>第4回●
  浪人的なものをめぐって
  岡田有生・広坂朋信
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-5.html

  ■高時天狗舞
 『太平記』の「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)は、田楽に耽溺する得宗
 北条高時を印象的に描いている。
  当時、京都で田楽が大流行だと聞いた高時は、田楽の一座を鎌倉に呼んで、
 これに夢中になった。ある晩、酔った高時が自ら田楽舞を踊っていると、どこ
 からか十数名の田楽一座の者があらわれて、高時とともに舞い歌った。これが
 実に面白かった。しばらくしてから歌の調子が変わって「天王寺の妖霊星を見
 ばや」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいて
 みると……。(以下、Webに続く)
 
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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
  第39章 和歌三態の説、貫之・俊成編
  中原紀生
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-39.html

 ■定家と虚なるもの、あるいは「かげもなし」の余韻
  俊成自讃の「おもて歌」が、歌の本質を「広がり」にではなく「深み」にお
 いて見る中世詩歌の特徴を自覚的・予感的にあらわしていた、と大岡信氏が指
 摘する「夕されば野べの秋風身にしみて鶉なくなりふかくさの里」であったと
 して、それでは、定家の代表歌はなんだろうか、それは、武野紹鴎が佗び茶の
 湯の心をこの歌に見出した、と「南方録・覚書」が伝える「見わたせば花も紅
 葉もなかりけりうらのとまやの秋のゆふくれ」なのか、いや、百人一首に撰入
 された「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」こそ文
 字通りの自撰歌ではないか、いやいや、それは「歌織物」(林直道)もしくは
 「グラフィック・アナグラム」(丸山圭三郎)を編集する企みゆえの撰歌だっ
 たかもしれない、などと自問自答しているうち、成立年及び作者はともに未詳
 ながら、後鳥羽院から西行法師まで十七人の新古今歌人が各々十首ずつ秀歌を
 自撰したとされる「自讃歌」なる文献があることを知り、さっそく検索し定家
 の部を拾い読みしたところ、掲載順が価値の序列をあらわしているわけではな
 いにせよ、第一の「春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲のそら」と
 第三の「年もへぬいのるちきりはゝつせ山おのへのかねのよそのゆふくれ」の
 間に掲げられていたのが、(以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●
  太陽帆走/坂道 
  寺田 操

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-33.html
  鳥のように自由に大空を飛びたいという夢は、大量輸送の飛行機から小さな
 プロベラ機、気球、スカイダイビングと実現されてきた。それだけでは物足り
 ない。空飛ぶ絨毯やスーパーマンのように人の身体が赤いマントをひるがえし
 て空を泳ぐように、飛びたいと夢を追っているうちに空飛ぶ「ウイングスー 
 ツ」の登場だ。2016年1月4日の某新聞記事には富士山近くを飛行する 
 ウィングスーツが映っていた。両手両足を広げて飛ぶ姿は気持ちよさそうだ。
 垂直に落花するスカイダイビングと違って水平飛行。この空飛ぶスーツは  
 1990年、フィンランドの企業が開発し、一着約20万円。小型飛行機に乗
 りこみ、タイミングを計り空へと飛びだす。鳥たちはお仲間が増えたと歓迎す
 るだろうか、それとも奇怪な新種だと目をそらすだろうか。
 (以下、Webに続く)

Web評論誌『コーラ』28号のご案内

予定通り、2016年4月15日に発行いたしました。

■■■Web評論誌『コーラ』28号のご案内■■■

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html
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 ●新連載<前近代を再発掘する>第4回●
  浪人的なものをめぐって
  岡田有生・広坂朋信
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-4.html

  ■北条高時の腹切りやぐら
  神奈川県鎌倉市には、高時の腹切りやぐらと呼ばれる場所がある。言い伝え
 によれば、元弘三年(1333)、後醍醐方についた新田義貞の軍勢に攻め込まれ
 た北条一族八七四人は、東勝寺に立てこもり、もはやこれまでと自害したその
 場所だとされている。かつては心霊スポットとして知られていたが、専門家の
 調査によれば大量の人骨が埋まっているということはなかったそうだ(河野眞
 知郎『中世都市鎌倉』講談社学術文庫)。遺体は別の場所に埋葬されたのかも
 しれない。(以下、Webに続く)
 
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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
  第38章 和歌三態の説、貫之・俊成編
  中原紀生
  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-38.html

  貫之の歌論や貫之が詠んだ歌の世界を、俊成や定家のそれらと比較対照し、
 その実質を一言で言い表わす言葉がもしあるとすれば、それは「像」(イマー
 ジュ)ではないか。そして、俊成の場合であれば「喩」(フィギュール)が、
 定家ならば「虚象」(パンタスマ、フランス語表記に平仄をあわせるなら、 
 ファントームもしくはミラージュ)という語が、それぞれの歌論と歌の世界の
 特質を言い当て、他との感触の違いを際立たせる言葉としてふさわしいのでは
 ないか。吉本隆明の言語表現論の眼目である像と喩の理論をめぐって思案をめ
 ぐらせているうち、そんなことを考えるようになりました。
 (以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●
  澁澤龍彦の玩物草紙/動物園
  寺田 操
http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-18.html

  連載の「新・玩物草紙」(旧・日々雑読)をはじめるきっかけになったの 
 は、澁澤龍彦『玩物草紙』(朝日新聞社/1979)だ。「私が興味を持つ宇
 宙は私自身であり、私が目をやるのは私自身の肉体というミクロコスモスであ
 る」という17世紀イギリスの名エッセイストであるトマス・ブラウンを文中
 で引用しながら展開された20篇の草紙。澁澤自身の幼年時代の想い出や書物
 の数々から紡ぎだされた《精神も肉体もふくめた私自身というミクロコスモス
 に関する、一種のコスモグラフィー》は、語り口の柔らかさもあり、澁澤の博
 物誌的な書物とは少しばかり趣が違っていた。父に聞かされたハレー彗星、4
 歳まで住んでいた町の沼のほとりでの怖い錯誤記憶、1歳3ケ月なのにツェッ
 ペリン伯号を眺めた記憶、父の金のカフスボタンを呑んでしまった事件などが
 印象的だった。草紙の挿画は加山又造、装幀は栃折久美子。当時、加山又造
 挿画を真似してイラストを何枚も描いた。(以下、Webに続く)