「左翼とは何か−やっぱり私にはわからない?「スイーツ(笑)問題雑感」への応答

★印の部分は、t-hirosakaさんからのコメント頂戴した以降に追記した部分です。またそれ以外にも、若干の修整がありますが、論旨に変更はありません。

「左翼とは何か−やっぱり私にはわからない?「スイーツ(笑)問題雑感」への応答として、感想を認めます。

僕なんかは相手に応じてあるいは状況に対して「異議申し立て」をすることが肝要と心得ておりますが、その心底は「存在の自由と平等」の実現を祈念してのことでありますね。いきなり大上段で恐縮ですが、そのことの施策が根本だと思っています。

なので、よそ様から「あなたは左翼ですか?」と、つい最近もそのように問われましたが、自分的にはそうでもありそうでもなかったりするわけですね(場合によっては、「リベラル保守」的感性で応接することもあります)。
その理由は、そこで質問者が想定しているところの「左翼/(カタカナになって久しい)サヨク」が、必ずしも僕の了解と一致するところではないことが多いように見受けられるからです。

いやいや、特にさいきんの「赤木現象」において象徴的な「サヨク・パッシング」などを見るにつけ、そう確信もしています。精確を期するならば、赤木現象いぜんからネットでは「サヨ」は誹謗嘲笑語として流通されていたわですが……この種のネットに不案内な僕などは、「サヨ」が「サヨク」の短縮形であることぐらいはすぐに合点がいきましたが、「ブサヨ」という記号に出会ったときは、ジジーの僕には意味不明でショックを受けましたよ。それで若い友人に尋ねたという次第。

賢明な諸氏にはこの記号の説明を要しないでしょうが、「ブがブサイク」の短縮形だったとは? 果てさて。言葉を大切にしろよと「保守的」にも文句も付けたくなったのは、やはりジジーになったせいなのか、と思い直す今日この頃です。

さて、言葉は流行に棹されて変成してときには真逆の意味に変位したりしますが、その言葉遣いの表象は変わっても、意味されるところの心根は伝承されているように思われますね。

ところで、「ブサヨク」に対して「美しいサヨク」はいるのだろうか? 昔々エレガントなサヨクを目指しているという「文化左翼」の方がいましたが、いまはどうしているのでしょうね?

さて美しいか否かはさておき、例えば「革命」とか「反体制」という言葉が心映えした/するには、歴史的社会的諸提条件とその人が置かれた環境(総じて、その人が受け入れる「文脈」と言い換えてもよい)において、その言葉が「切実さ」において共鳴するかに関わっているように思われます。

「切実さ」という物言いは、情緒的に過ぎると思われるかも知れませんが、「論理」を支えているのも、その論理を産む感情的行為に起因するのではないかとも思っています。
それは例えば、ある方向からまず以て「他者を肯定したい」という感情的契機が訪れて、そのことによってなにがしかの根拠を持ち出して「肯定の論理」を紡ぎ出すという具合ではないかと浅はかな黒猫(=僕)などは思慮する次第ですよ(しかし、そのような契機が訪れない人には、その「肯定の論理」は通用しませんね)。

それ以前には、根拠や論理を持ち出さずとも、すでに関係の先行性(論理以前に、「生まれた」「生きている」ことの先行性)が共有されていたといえば、それは保守的言説が得意とするところの、昔は共同態の倫理があったと懐旧されたりもしますが……。しかし生産に寄与しない「人種」を間引く「優生思想」は今も昔も形を替えて継承されているように思われます。因みに、使い捨てにされる「フリーター」諸氏も、この「人種主義」に含まれているわけですね。

だからアジって言えば、ちゃんと存在が肯定されたことは世界史的*1には一度もなかった! と僕らは言うべきなのです。このことは、赤木現象に象徴されるところの事態に通底していると言ってよい。だから一知半解に赤木現象を「右翼的言説」に収斂させるのは、まあ括弧付き「左翼」を自称あるいは他称されている陣営の怠慢と批判されてもよい。

僕らの目指すべき課題は、「存在の肯定」に基づく「存在の自由と平等」ではないかと僕などは強く思っているのですが、しかし、それは口先だけではないのか!(この批判は、即僕じしんにも向けられています) いつになったらその肯定は現実化されるのか! という反発(「希望は、戦争。」)が起きているのが、赤木現象のキモでしょう。

その辺りはt-hirosakaさんご指摘の、<基本にしなければ、というのは、、研幾堂さんも指摘しているように、現実になされているところの政治を語る言葉には、感情的要素も含まれており、passionなしに「何らかの深刻な問題が起きた時、その改善を訴える」とか、「窮状の告発」とかがなされるとは思えないからである>ということになろうかと推量します。

そして、<しかし、その解決はpassionによってはできず、actionによる他はない。そのactionとは、とりもなおさず「経済的な施策か、政治的な方策か、社会構造に即して、これらの解決索を見出すことを目標にする」政治言論である>という理路も、宜成るかな。
しかしながら、その急迫した<切実さ>において、研幾堂さんのような理性的応接は、人の心を揺さぶらない、ということもまた確かなのでしょう(★この点については、t-hirosakaさん言及をお読みください。→http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20071124/1195879085

そして、<中には「無感動」(徳としてのアパテイアではなくて情態としてのアパシーの方)という感情の在り方もあって、この感情に取り憑かれていることを自覚せずに、自らを冷静だの中立だのと思いこんでいる節のある議論もまま見受けられる>という、t-hirosakaさんのご指摘は節度ありかつ適切な批判と受けとめます(★念のため、この批判は研幾堂さんに向けられたものではありません)。

「それはなにかのかたちでの承認を社会に求める声なのかもしれない。だが、mojimojiさんが言っていたように承認は分配できない」、たぶんそうかも知れない。最初の1回目の承認を除いては(それすら、危うい場合もありますが)。だがそう言ってよいのだろうか? 「私を承認しろ」と要求する権利は常に/すでに、誰にでも「ある」というべきでないのか。

その承認は「愛の分配」を求めているのではない。「存在」の承認なのだ! この「固有の私の在り方」を承認せよ! 「私が生きること」を肯定せよ! という叫びであって、それが物質的保証の要求にも繋がる。富や資源・労働の分配は必要条件であって、それとセットになって充分条件としての「固有の私の在り方」が承認される/べきだ。

それは、「愛」という充分条件としての「未定・未達の承認*2の分配を求めていることではないだろう。その愛の分配の可能性/不可能性は、宗教の領域かもしれないが……私たちは「奴隷(従属)の生存権」を要求しているのではない、ということは押さえるべきだと思います。

ところで、「政治には、さまざまな立場や意見がある。これを右と左の二項目だけで分類しようというのは、大雑把を通り越して乱暴すぎる話だ。/だから、左右対立の構図は無効」というt-hirosakaさんの発言に対して(後にt-hirosakaさんは「左右対立の構図は無効」の言を撤回されました)、やはり表層的対立の構図と裏腹に左翼・右翼の心情的?同一性があるようにも思われますね。このことに関連しつつ話を少しくズラしますが、たまたま読んでいた文章から引用します。

朝日(平吾)のテロリズムは、明治期のテロリズムとは大きく性質を異にしていた。明治期の暗殺が、自らも支配権力の資格を主張しうるものたちの義憤に基づいていたの対し、朝日の場合は、支配されるものたちの平等化を訴え、「人間らしい生き方」を追求する心性に基づいていた。朝日の主張には、「何故に本来平等に幸福を享有すべき人間(もしくは日本人)の間に、歴然たる差別があるのかというナイーブな思想」を見て取ることが出来る。このような「一種不幸な悲哀感」に基づく煩悶を、橋川(文三)は「未知というべき感受性」と定義して、昭和維新ナショナリズム社会主義運動、アナーキズム運動を支えた青年たちに共有する心性と捉えた。(……)
橋川は、朝日が遺書の中で「日本人」という表現を繰り返し使用していることにこだわる。彼は、朝日が普遍的な人間の平等や幸福を追求するならば、「日本人」ではなく「人間」という表現を用いるべきではなかったのかと疑問を呈している。(……)
橋川は、なぜ朝日のような青年の問いが、「日本人」というナショナリズムによって表現されなければならないかという問題に、結論を出すことが出来なかった。
孤独を抱えざるを得ない現代人が、なぜ自己の存在論的問いをナショナリズムの中に見出そうとするのか? 普遍的人間としての問題が、なぜナショナリズムの問題へと回収されてしまうのか?
橋川、このことが「気にかかってならない」まま、この世を去った。


中島岳志「解説 平等と幸福を探求した昭和維新」より、橋川文三昭和維新試論』ちくま学芸文庫所収

僕より上の世代である、全共闘の先輩らが「インターナショナル」と共に「昭和維新の歌」を唄っていたともいう。また「反日武装戦線」の爆弾闘争においては、その名が示すごとく「反日性=反ナショナル性」が顕著であるように思われていますが、その心性には「未知というべき感受性」が反復されていたのではないかと推量してみたくなりますね。しかしその反復を「凡庸で退屈」と言うべきではない。

今日現在の「赤木現象」においては、資本家を撃つ朝日平吾のような青年は現出してはいませんが、「日本人」に回収されることの身振りによって、アイロニカルに自尊心を回復させるという言動が起きています。

しかし、私は戦争なんかで栄誉を得られるとは思っていないし、戦うこと自体に爽快感を感じたりはしない。さらに言えば、死ぬことすら私にとってはタブーではない。現状のまま生き続けたとしても、老いた親が病気などによって働けなくなってしまえば、私は経済基盤を失うのだから、首を吊しかなくなる。その時、社会の誰も、私に対して同情などしてくれないだろう。「自己責任」「負け犬」というレッテルを張られながら、無念ままに死ぬことになる。
しかし、「お国の為に」と戦地で戦ったのならば。運悪く死んだとしても、他の兵士たちとともに靖国なり、慰霊所なりに奉られ、英霊として尊敬される。同じ「死」という結果であっても、経済弱者として惨めに死ぬよりも、お国の為に戦って死ぬほうが、よほど自尊心を満足させてくれる。
もちろん、死んでたたえられたとしても、それが欺瞞にすぎないことは私もよく分かっている。(「論座」2007.6月号、p115)

僕は上記の引用において、赤木智弘氏がもともと「お国の為に」死ぬ気などさらさらないことを明かしているように思われます。しかしそのような状況(「戦争は、希望。」)を喚起したいほどに、括弧付き「左翼」および「社会」とに絶望していることを示しています。だからと言って、右翼言説の欺瞞性にも敏感らしい赤木氏は「決して右傾化するつもりはない」とも「論座」で断言しています。

ただこの断言が本人の意志に即して「ほんもの」かどうかは、まだ分からない。アイロニカルに自尊心をくすぐるナショナリズムに魅了されるかもしれない。だから<左翼>は、彼(ら)を「右傾化」に追い込むような状況を断固解体しなければならない、と思う今日この頃です。

★追記
子安宣邦さんによる、ナショナリズムにおける極限的なテーゼを下記に引用します。

「国家のために死ねこと」とは、ナショナリズムの極限的なテーゼです。後進的国家のナショナリズムも、先進的国家のナショナリズムもその点においては変わりありません。(……)
「国家のために死ぬこと」が、ナショナリズムの対内的な極限的テーゼだとすれば、「国家のために殺すこと」は、排他的なナショナリズムの極限的テーゼです。
「国家のために死ぬこと」のもう一つの側面は、「国家のために殺すこと」なのです。この二つのテーゼは表裏をなすものです。ナショナリズムが極限的にはこの二つのテーゼからなるものであることを、私たちはいま冷静に、リアルな眼をもって見なければありません。


子安宣邦『日本ナショナリズムの解読』白澤社

★追記★
野原さんから教えて貰った、毎日新聞掲載の「中島岳志vs赤木智弘」対談のURLを転載しておきます。
http://mainichi.jp/enta/art/news/20071122dde014070009000c.html

★追記★これまでに、僕が赤木言説に言及したエントリーです。
http://d.hatena.ne.jp/kuronekobousyu/20061208
http://d.hatena.ne.jp/kuronekobousyu/20071101/p1

★赤木氏の「論座」掲載の2本の論考は下記のサイトで読めます。
http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama.html
http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama2.htm


昭和維新試論 (ちくま学芸文庫)

昭和維新試論 (ちくま学芸文庫)

日本ナショナリズムの解読

日本ナショナリズムの解読

*1:当初の「歴史的」にを「世界史的」に訂正しました。

*2:「未だ定まらず、未だ届ない」という意味の僕の造語