パレスチナ・キャラバン『アザリアのピノッキオ』京都公演

某MLから、勝手に転載です。本日の集会&デモが終わってからでも観劇できますね!
僕の大好きな役者・大久保鷹さんが出演しているのも、嬉しい!

みなさま、

土砂降りの昨日と打って変わって、今日の京都は秋晴れのいいお天気でした。
パレスチナ・キャラバン『アザリアのピノッキオ』京都公演2日目、開場が近づく頃には、テント劇場の前にはすでに100人以上の人だかりです。
広島から来られた方もおられました。

雨だった昨日は、最初からテント内の舞台で芝居が始まりましたが、今日は脚本どおり、テントの外で。
100人の観客に囲まれて、役者さんもどんどんパワーアップ、役者も観客もテントに入り、舞台の上で芝居が始まったときには、芝居が、すっかり観客の心をとらえているように思いました。
きのうの芝居が決して悪かったわけではありませんが、でも、観客の数で、役者さんの芝居がこんなにも違うものかと感動しました。

昨日は京都公演初日ということもあって、なんとなく、まだ手探り、という感じがしましたが、今日は、完全に、一個の完成した作品を堪能しました。

場面にしても、キャラクターにしても、台詞にしても、ジグゾーパズルの一つひとつがしっかりと嵌まって、一幅の絵が現れるように、きのう観ただけではよく理解できなかった物語の全体像が、今日はわたしにもよく見えてきました。

主人公は、かつてエルサレムピノッキオの芝居を上演した人形劇一座の団長。
でも、彼はエルサレムから突然、姿を消し、今、新宿でホームレスになっています。
すべては、そのホームレスが見る夢幻劇として、この芝居は構成されています。

この芝居で団長(ホームレス)を演じる大久保鷹さんは、1974年にレバノンに行き、シャティーラ難民キャンプの子供たちに「風の又三郎」の芝居を見せました。

シャティーラで大虐殺が起こるのはそれから8年後のこと。
鷹さんの芝居を観た子供たちの、すべてではないにしても、その虐殺で殺された子どもたちもいたでしょう。

役者として、自分の芝居を観た子どもたちがその数年後に殺されてしまうとしたら、芝居って何だ、役者って何なんだ!?
鷹さんにとって、それは自分の役者人生そのものを問い返す根源的な問いでした。

アラブ文学を研究しているわたしは、わたしなりに、鷹さんの気持ちが分かるように思います。
第二次インティファーダで、毎日、パレスチナで人が殺されていたとき、小説って何なんだ、小説を研究している自分て何なんだ!?とおのが無能さを問わずにはいられなかったからです。

アザリアのピノッキオとは、まさに、この問いに応答しようとして作られた作品なのだと思いました。

この芝居のもう一人の主人公は、ピノッキオの少年です。
頁が破りとられ、物語からいなくなってしまったピノッキオです。
なぜ、ピノッキオのなのか?

人形ではなく、ほんとうの人間になりたがったピノッキオ。
物語から消えていなくなったピノッキオ。

それは、
難民ではなく、ほんとうの人間として人間らしく生きたいと願い続け、欺かれ、傷つきながら、でも、夢を諦めないパレスチナ人の謂いであり、
歴史(histoir=物語)の外へ遺棄されているパレスチナ人の謂いであるでしょう。
だから、
ピノッキオが人間の姿をとったとき、彼の名はムハンマド・ドゥッラ、ガザで殺されるパレスチナ人の少年なのです。

きのう、観ているのに、やはり今日も最後、泣けて泣けて仕方ありませんでした。
それは、なぜなのか、未見の方のために、そこは書けないのですが…

でも、この芝居は「悲劇」ではありません。
パレスチナで起きていることは、パレスチナ人の身に起きていること、それは「悲劇」にほかなりませんが、「パレスチナ」とは決して「悲劇」の代名詞ではないのだということを、この作品は、その最後で、感動的に訴えます。

パレスチナには20年以上関わってきましたが、「パレスチナとは何か」という問いの答えを、わたしは、この芝居を観て、初めて、知ることができたように思います。

この芝居をご覧になったみなさんと、その答えを共有したいと思います。
パレスチナとは何か?
パレスチナ、それは「**」のことだと。

パレスチナ人の悲劇が生まれてこの11月でちょうど60年になります。
西岸・ガザの占領が始まって40年。
シャティーラの虐殺から25年。
第一次インティファーダの発生から20年。
難民キャンプ出身の画家、パレスチナ人少年の代名詞となるハンザラという少年キャラクターを描き続けたナジー・アル=アリーが暗殺されて20年。
そして、パレスチナ難民の生を小説に描き続けた作家、ガッサーン・カナファーニーが暗殺されて35年。
この幾重にも節目の年に、パレスチナ難民の60年の歴史に応答するように、
「アザリアのピノッキオ」という作品は生まれました。

アザリアのピノッキオ、京都公演のみならず、日本での公演、明日が最終日です。
午後7時から、京大西部講堂前広場。
4000円(中高生2000円、小学生以下、無料)
きのう、あの大雨の中、ご覧になった方は、是非、明日、もう一度、ご覧になってください。
半券を持参すると2000円になります。

*目茶苦茶冷えます。
とくに後ろの方は、風が入って、凍えます。
防寒対策をしっかりとしてきてください。
それにしてもまだ10月だし…と思ってダウン・ジャケットにしなかったことをいたく後悔しました。
厚手の靴下、ひざ掛け、カイロ、必携です!

おか まり